朱蛍 封神演義番外編13

     発・天・太・楊






微かな音、火薬の匂い。
ものの燃える、それ。

手元に灯る明かり。

立ち上る紫煙。

ふぅ、と、吐き出される煙は白く。
すぐに空気に融けて、消えた。







   朱蛍-あけほたる-











がさり。

「げ」
「なぁにやってるさ、王サマ?」

逃げた先にお目付役。
見事な配置だ、あの軍師。
「息抜き、とか?」
「アンタ息抜きしすぎ」
「堅いこと言うなって」
「全っ然堅くないさね……」
ま、わかんなくもないけど、と言って天化はいつも持ち歩いている箱を差し出す。
「ん」
「いいのか?」
「息抜きっしょー?」
「んじゃありがたく」

そろそろ深更とも言うべき時刻。何故男二人で煙草なぞ呑んでいるのか。華のないことこの上なし。
ぷかりぷかりと煙だけが漂っていく。
「あー星だー」
「ホントさー」
奇妙にのどかな、張りつめた時間の谷間。
「なぁ王サマ」
その空間に相応しくないほど真剣で、静かな声だった。
「んー?」
「後を継ぐって決めたとき、どんなだったさ?」
「あ?」
ちらりと視界に入った横顔。何処を見ているのか判然としない目。
………あえて見ない振りをした。
「そうだな」
殊更何でもないように聞こえてくれと願いながら。
まず間違いなく満足されない答えを返した。
「多分、今のお前と一緒だ」
そう、多分。







がさり。

「「あ」」
「何をしとるかおぬしら」



珍しく軽装の小さな軍師。
大怪我しまくった張本人はつい先日、職務に復帰したばかりだ。
「「息抜き」」
「声揃えんでも聞こえておるわ」
上着を脱いで頭巾を取った姿はそこらの子供と変わらない。
ただ、瞳だけがその印象を裏切って輝いている。
………休まなければならない時間の筈だ。
「お前こそ何してんだよ」
「息抜き」
「スース」
彼は子供の手を天化へと差し出した。
「わしにも一本よこせ」

「似合わねー」
ぽつりと姫発は呟いた。
「別に、吸いたい訳ではないよ」
いがらっぽいし、と太公望は続ける。天化がその横でにやにや笑った。こどもにはわかんねぇさ等と言って頭を叩かれている。
「なら何で?」
小さな唇から吐き出される白い筋。ある一定まで直線に伸びたそれは、やがて緩やかに上昇を始める。束ねられていた一本から枝分かれし、曲線に揺らめいて薄く、透明に。そして何も残らない。
指先で弄ぶように火のついた煙草を振りながら、太公望は答えた。



「烽火」



「え?」
天化が声を上げた。姫発は目を見開くことしかできなかった。
それほどに彼の声は小さく、可聴域限界の音だったので。

「なーんてな」
「ああっ、今何て言ったさスース!」
「さぁて、それくらい自分で考えろ」
「ずっこいさっ!」
天化の銜えたままの煙草、太公望の指にある煙草。それと自分が未だぼんやり持ったままの煙草。
小さな赤い炎が燃えている。







がさり。

「来たか」
「「あ?」」
「何やってるんですかあなた方は」



どこか引きつった表情の天才道士。髪にくっつけたままの葉はせめてものご愛敬なのか。果たして。
「「「息抜き」」」
「……………そうですか」
彼はがっくりと肩を落とした。
「楊ぜんさんもいる?」
「え?」
目の前に差し出された箱を見て、彼はきょとりと目を瞬かせた。
「いや、今は良いよ。ありがとう。それよりも」
視線を巡らせた先から目的の人物はすでに消え去っている。
「ああっ、また!」
「何、もしかして太公望探してたとか?」
「その通りですよ」
「今回は何さ」
「病み上がりのくせに休まないわ薬飲まないわ無茶するわ」
「わ、わかった、わかったから落ち着け!な!」
理由を列挙する楊ぜんの後ろに何やら影が見える。かなり怒っていると見た。
「楊ぜんさん」
太公望を追うため踵を返した楊ぜんを天化が引き留めた。振り返り方が絵にはなるけど普段に比べてやたら余裕が無くて笑えたが。
「スースはいろいろわかってると思うさ?」
「そうだね」
「過保護すぎじゃねぇの、お前」
「………かもしれない」

彼の髪が靡くとそこだけ蒼が広がる。羨ましい奴だと姫発は溜息をついた。
「行けば?」
「は?」
「勅命。とっととウチの軍師に薬飲ませて休ませること。以上」
「…………畏まりまして」
「王サマかっこいーっ」
天化が器用に銜え煙草でげらげら笑う。楊ぜんは困ったように頭を掻いた。
何を迷っているのか知らないが。
「頼りにしてるぜ、天才」
短くなった煙草を地面に落として。火が消える。顔を上げて紫の目を見据えてその言葉を。
「承知」
不敵と表するに相応しい顔で、彼は答えた。

「あ、天化くん」
「ほいよ」
「やっぱり一本くれるかな」
「ああ、はいはい」
点した灯に、綺麗な顔が映える。
「ありがとう」
早く休みなよ?と一言残して蒼髪の道士は去っていった。



その後ろ姿を見送って姫発は腑に落ちる。
「そういうことか」
「何が?」
「あれ」
遠ざかっていく人影。燃える小さな火。
「で?」
「ああ、お前聞こえて無かったんだっけ」
「だから何がさっ」
「知らねー」
微かに笑ってそう言う姫発の顔を睨み付け、天化は報復に出た。
「あっそー、んじゃ王サマ、そろそろ部屋へ帰るさねー」
「げっ、ちょい待て天化、引きずってんじゃねぇっ!」
「聞こえないさー」
「嘘つけ!」







「烽火」


煙がたなびいて、そこへ届けば良い。
この灯りが見えれば良い。

お前たちに。





白く白く、一筋の煙は空へ上り。
そして、消えた。







設定としては仙界大戦後。




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